友人のアケミちゃんが素敵な日記を書いていました。
木の語る言葉は思い当たることが多く
とても感激しましたので
アケミちゃんの了解を得て転載いたします。
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「木の知恵」
最近植物と話ができることに気がついた。
私は人中が苦手なのですが、だからといって田舎に越す勇気もなく、中途半端な郊外に住んでいます。
その住まいから出勤するとき緑道を通るのですが、可愛い雑草や草木に出会います。
ことの始まりは公園の真ん中のおおきな木の幹を触ってみたら声が聞こえた。「私が守っている。」って。
今日はいかぽのブログで触発されて多摩動物公園に行ってみた、一人で。
入り口でもう胸一杯に空気が吸えて(最近胸あたりのツカエ感があったのは植物の気が足りなかったのね)嬉しくなりました。
うっそうとした林が動物園の道筋に広がり、それはそれは幸せなひと時でした。
動物も楽しかったけど、お目当てはやっぱり「木」。
枝ぶりで木は性格が違うの。
くねくねした小ぶりな木の枝に触れて「ここどう?」って聞いたら、
「せこせこした人間の庭に埋められてるより、ここのがずっとましさ。」と言ってました。ちょっと斜面になってる縁に植わっていたのね。
大きな木は「世の中を温かい目で見てると、青々と茂っていられる。」って教えてくれました。
それと「この頃の人間は、幹でいうなら中空が虚ろで弱い。」んだそうです。
つまり消化機能が落ちてる、それだけじゃなくて食物から取り入れる
後天の「気」をうまく回せないんだな、とこれは日々の診療からも感じていたことでした。
かなり歩いたんだけど、全然疲れなかった。
自分の家の駅に着いて歩いた途端に疲れ出しました。
ショッピングなんか行くと、帰ってからぐったりしちゃうんだけど、この違いなんだなあ。
驚きでした。
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彼女は漢方に関わるお仕事もしています。
木と繋がって、木と語り合い、木の力を借りる。
こういう共同作業って素敵だなぁ、と思いました。
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comment
あっ
なるほど
湧き水かー。
いま、わかった。
2008/06/20 16:48 | いかぽ [ 編集 ]
えへへ
いろいろ試していました。
さっきのテンウレートは
マックだとちょっと歪んじゃうの。
いよいよ明日!!
待ってるね。
2008/06/20 16:47 | いかぽ [ 編集 ]
あっ またテンプレ変わった
いいねえ。水がユラユラ
湧き水だ!
2008/06/20 16:10 | シエラ [ 編集 ]
シエラぽん
おはよ!
>枯れる寸前だった観葉植物が、2つ生き返ったの。
毎日話し掛けて、今まで放っておいてゴメンと言って、私のちっちゃな悩みも話してた。
すごい、すごい!!
うん。受け取ったんだと思う。
だって、枯れかけた植物って確実に死んじゃうもの。(私の場合)
>ロードオブザリングの、歩いて話す木。
私もあの木、だいすき!
最後にあの木が怒ったときが一番凄かったよね。
やはり木は強いのだなあ。
ハワイ島のボルケーノのジャングル
響きだけでもパワーがありそう。
いつかアケミちゃんを連れてってあげたいな〜。
2008/06/20 11:54 | いかぽ [ 編集 ]
枯れる寸前だった観葉植物が、2つ生き返ったの。
毎日話し掛けて、今まで放っておいてゴメンと言って、私のちっちゃな悩みも話してた。
私には、その木の思いはうまく受け取れなくても、木は私の思いを受け止めてくれたんだよね?
人間が、もっと自然を敬っていた頃、
普通にこうして気持ちのやりとりをしていたんでしょうね
ロードオブザリングの、歩いて話す木。
ハワイ島のボルケーノのジャングルにある歩道を歩いていた時、生い茂った木々が、あの映画の木のように感じたのは、何かすごい強い意志みたいなものがあったからかなあ、と、アケミさんの日記をよんで思いました
2008/06/20 11:43 | シエラ [ 編集 ]
AKKIYさん
おはようございます。
>感性が豊かでない自分にとり、植物との対話はかないませんが、
交流は少しできるようにおもう今日このごろです。
ご謙遜かとも思いますが、AKKIYサンは感性が豊かだと思いますよ〜。男性の方はなかなか人間以外と交流しようとは思われないですものね。
>植物と心が通ったようにも思える瞬間があります。
きっと植物も喜んでいるでしょうね^^
>一方的な思い入れではありますが、縄文時代においてアニミズムを誰もが共有していたころには、植物のみならず、石とも対話をしていたのではないでしょうか。
私もそう思います!!
石は相当古い記憶を保持していると聞いたことがあります。
地球の生き証人ですよね。
2008/06/20 10:56 | いかぽ [ 編集 ]
AKKIYです。
感性が豊かでない自分にとり、植物との対話はかないませんが、
交流は少しできるようにおもう今日このごろです。
ベランダのプランターに植えた植物に朝、水をあげても植物の喜びをすぐには感じることはかないません。しかし、昼過ぎに水を得て花や茎がいきいきしてくる様子をまのあたりにすると、植物と心が通ったようにも思える瞬間があります。
一方的な思い入れではありますが、縄文時代においてアニミズムを誰もが共有していたころには、植物のみならず、石とも対話をしていたのではないでしょうか。
2008/06/20 00:19 | AKKIY [ 編集 ]
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