2007/02/24 (Sat) クリアリング

娘2が入院することになってしまった。

かかりつけの個人医院ではずっと「ただの風邪」という診断だったのだけど
実はおなかが炎症を起こしていたのでした。
いつまでも熱が下がらないことに疑問を感じて
ネットで病院を探し
そこからの紹介で、急遽、区内のJ病院で診てもらうことが出来たのです。

今回思いがけず浮かび上がってきたことは
私は大きな病院が苦手だったということでした。
怖れと不安のなかで見つめてゆくと
だんだんと私の原点が見えてきました。

私の両親は、国立小児科センターの前身、国立世田谷病院の職員として出会いました。
数年で結婚生活はうまくいかなくなってしまい
別居をし、母子だけの暮らしが始まりました。
母はその後、個人医院で看護婦として再び働くのですが
かつての職場とはいろいろな点で違っていたようです。
それらは、日々、彼女のプライドをズタズタにしたはずで
結果、私も、母のストレスの多い人生に巻き込まれてしまったのでした。
一方、父は、地方の病院を点々としながら
独身もどきの気ままな暮らしをしていました。
母はそんな父のことを「落ちぶれてしまった」とよく言っていました。

私にとって大きな病院とは
希望を抱いていた頃の若き両親の面影を感じ
また、壊れてしまった幸せのカケラを感じる苦い場所でもありました。

jun.jpg

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2007/02/19 (Mon) 愛さなくてもいい

娘2を看病しながら、昨日のつづき。

本日は、フォーカシング的ハコミセラピー(←S女史に教えていただきました)風、一人問答なり。

-------------

えーーとね
誰かを愛するとか愛されるとかそういう
深く入りこんだ世界からもう離れてもいいらしいよ。

いろんなものをニコニコと眺めているんでいいらしい。

別に冷たいとかそういう罪悪感持たなくってもいいってさ。

「・・・・」

苦しかったでしょう?

「うん」 ←うなだれ

ご苦労さまでした。

「はい」 ←ふてくされ

よかった、ね。

「もうこのまま一生終えても大丈夫?」

らしい、よ。

「2012年近くなって、やっぱり貴方には愛が足りません、とかならない?」

ならない、と思うよ、たぶん。

「うーーーん」

どうしたの?

「人として欠けてないかなぁ?」

人としてはともかく、欠けてないと思うよ。

「うーーーん」

-------------

(なんも解決しないまま、いつの日かへつづく)

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2007/02/18 (Sun) 愛するということ

先ほど、S女史から、いいもの読ませてもらっちゃった。

読んだ後から延々と、私の中で続く独り言。

-------------

「てことは〜、わたしは、今の今まで誰のことも愛したことがなかったのかな?」

「そうです」

「ぎゃーーー、愛したり愛されたり出来るんだ、という自分を愛していただけ?」

「そうです、そうです」

「本当の意味では、全然愛してなかったのですね?」

「そうです」

「愛さずに、いつもちょっと離れたところから見ているのが本来のわたしなんですね?」

「そうです、そうです」

「うわーーーー、ってことはわたし、この先も、だぁれも愛することなんか出来そうにありません」

「・・・・・」

「これって、このことを考えた20才の時と、全く同じ位置じゃーないですかっ」

「・・・・・」

「こんなに経ったのにまだ同じ」

「・・・・・」

「うぅぅぅぅ」

「・・・・・」

「なんか言ってくれ」

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2007/02/17 (Sat) フランス

夢や記憶や小さい頃のエピソードを繋ぎ合わせると、
以前の生でフランスに居たことがあるようだ。

女性でイニシエートだったと思われる。
たぶんそのことは公には隠されていて、表向きは修道女として、日頃薄暗い地下の部屋で祈っていたようだ。
夜は、プライベートな部屋と思われる小さな窓から、一人で通りの灯りを眺めていた記憶がある。
その部屋はちょっと高い場所だった。
ランプや蝋燭の暖かい光にも、とても懐かしさを感じる。

イニシエーターとしての修業は、もしかするとちょっと辛かったのかも知れない。
そのような記憶として残っている。

それらの場所をフランスだと感じるのは、
小さい頃シャンソンが好きでいつもねだって聴いていたこととか、
若い頃ミニシアターでフランス映画を好んで観ていたことから。

そんなことを最近少しずつ思い出してきた。

過去世 | trackback(0) | comment(5) |


2007/02/14 (Wed) 私の言葉

今日、娘2を看病しながら閃いたことです。
なにやらシンクロしているようなので書き留めておきまする。

-------------

私の言葉が誰かを不愉快にさせるかも知れない。

私の言葉が誰かをがっかりさせるかも知れない。

私の言葉が誰かを悲しませるかも知れない。

私の言葉が誰かをなぐさめるかも知れない。

私の言葉が誰かを奮い立たせるかも知れない。

だけど、どれであっても同じこと。

私は私であって、他の誰でもないんだもの。

私は私のかけらを集めて、繋いでゆけばそれでよい。

何を思おうと、何をしようと、気にすることはないし

それは、私以外のみーーんなも同じことだ。

そんなふうに、少しずつ、広がってゆければいいなぁ。

コトバ | trackback(0) | comment(6) |


2007/02/13 (Tue) 吐き出せ

なんでも吐き出していいんだ〜と分かったら
ごちゃごちゃズルズル〜と内臓が出てくる感じ。

キモチワルイ
でも
キモチイイ

若い頃、男の友人に
「あのぉ〜、森下さん、それあんまり人前で言わない方が…」
と言われることが時々あった。
そんな大したことじゃないのに。

どうやら女にはタブーがいろいろあるらしい。

別に吐露するのが趣味という訳ではないけど
「ここだけの話」が積もり積もるとイライラしてしまう。
タブーなんてくそくらえ!というのが私の根底に流れている。

そんな私も結婚するって決まった途端
自らたくさんのタブーを抱えちゃった。
母になれば余計に。

あのことも
このことも
みんなみんな封印。
そんなに封印してどうすんだよ。

女のタブーは血と関係していることが多い。
月経も
妊娠も
中絶も
みーんな血の問題だ。

血は土の領域と結びついている。
血のタブーを解放すれば、女は大地と深く繋がれる。
そんなことを考える今日この頃。

苦しむくらいなら
吐き出しちゃおう。

コトバ | trackback(0) | comment(4) |


2007/02/11 (Sun) 白さんの土地、黒さんの土地

私が4才の時、父と母は別居することとなった。
私は母と一緒に、母のすぐ上の姉が住む横浜へと引越した。

新しいウチは、小さな四軒長屋の、奥から2番目の家だった。
お便所はあったが、お風呂は向かいの一軒家、齋藤さんに借りていた。
(好意で貸して下さったのだそうだ)
六畳一間と小さな台所と小さな縁側。
たったそれだけだったけれど、私はその家が大好きだった。

長屋の町の名は仏向町(ぶっこうちょう)、
30分ほど歩いた先の保育園がある町の名は明神台。
その二つの間には、大きな県立植物園があった。
母と二人、毎日植物園を通って保育園に通い、図鑑でさまざまな植物や生き物を調べた。
辺りの町も、花見台、月見台、桜ヶ丘、星川、初音ヶ丘、などと雰囲気のある名前が多く
また、名前に負けぬほど美しい土地だった。

けれども小学2年生の終わりに
「小さな家では可哀想だ」と考えた母は、遠く離れた新興の大きな団地に引越すことにする。
そこは古戦場跡だった。
仏向町とは打って変わり、どういう訳かとても不安な気持ちになる土地だった。
特に夕暮れ時は怖く、夕焼けの赤い色が嫌いになってしまった。
余り治安も良くない所だったので、パートで働き出した母は、私に友達をつくることを禁じた。

春、夏、冬休み。
長い長い時間を、私は一人きりで過ごした。
朝のワイドショー、昼メロ、海外ドラマ。
母が帰宅する夕方までずーっとテレビを見続けていた。
一人で泣いたり、笑ったり。
たくさんの物語を詰め込んだ。
特に好きだったのは、奥さまは魔女、ルーシーショー、セサミストリート。
あの頃の日本にはない、カラッとした笑いが大好きだった。

私が住んでいた号棟は南西の方を向いていて、
3階のベランダからは富士山が見えた。
或る頃から、富士山周辺にはUFOのようなものが時々飛んでいた。
金色に輝きながら縦横無尽に動き、途中で突然消えてしまうのだった。

ところで
私はこの土地のことをずーっと大嫌い!だったのだけど、
今ではとってもとってもいとおしく思う。
私が白さん(光)だけでなく、黒さん(影)のことも受け入れられるのは
この土地のおかげなのかもしれないなぁ。

(「白さん、黒さん」は、mintaka師より拝借いたしました)

いかぽ的日々 | trackback(0) | comment(4) |


2007/02/09 (Fri) 自家中毒

友人のYは、いつも的をついた言葉を私に放つ。
あとになってからその意味に気づき、感想を述べようとしても、
すでに何処かへ消えている。
そういう素早い女だ。

4年前、彼女が私に残した言葉。
「あんたね、表現しないと狂うよ」

今年、彼女が或るとこで書いた言葉。
「ずっと日陰で引っ込んでいると、自家中毒になっちゃう」

この二つの言葉を最近つくづくと噛み締めてる。
私の奥にはいつも、ドロドロぐるぐると渦巻く炎や土があり、晴れて形となり地上に出られる時を待っている。
たいがいそれらは埋もれたまんま、形にならずに溶けてゆく。
この不毛な作業を繰り返していると、少しずつ自分の中が腐っていくような気がしてしまう。
なんの草も生えてこない、ただの腐った土。

玉葱みたいに何重にもかぶっているブロックを
いちまい、にまい、と脱いでいくと
すごーーくお喋りな私が現われるはずだ。
見えたまんま、素直に表現できる私。

きっとまたギョっとされたりするのかなぁ。
苦笑いされたり、たしなめられたりもするのかなぁ。
子どもの頃のように。

ねぇ、Y。
でも、それで、いいんだよね。

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2007/02/07 (Wed) icapo

サクラが咲いたので
記念にず〜っと載せたかった絵をアップします。

ジャックさん作 icapo の想像図です。

icapo3333.jpg

とんでもなく可愛いでしょう?

あんまり可愛いので、大事に大事にしまっていました。
プロフィールに載せちゃおうかなぁともチラっと思いましたが
リアルの私との差にいちおう自粛しました。
でも、しまっておくには余りにももったいないので披露いたします。

ジャックさんの人物画は
私が高校生の頃大好きだったペーター佐藤さんを思わせます。
世の中に絵が上手な人はたくさんいるけれど
瞳に命を持たせられる絵描きさんはそうそういないと思うのでした。

けれども
こんなことを言っても、
ジャックさんは相変わらず「ただの絵描きですよ」と笑うかなぁ。

-------------

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2007/02/04 (Sun) サクラ咲く

20年ぶりにF(奥さま連れ)と会ったりすると
過去の時間が飛んでくる。

---なんで煙草吸ってない?

---なんでノーメイク?

---なんで喋り方が優しい?

いちいち驚くな、Fよ。
30代から軌道修正したんだってば。(ちょっと嘘)

10代の終わりから20代半ばまでは非常に刹那的に生きていた。
明日のことはほとんど考えていなかったから、行動範囲も広かった。

行きたいところへ行く
やりたいことをやる
突然だれかを好きになる

けっこう問題児だったのかもなぁ。
その頃の記憶は結構抜けているぞ。

友人たちの思い出話を聞いて
あぁ、私ってそういう奴だったんだ、って改めて思う。
おバカさん、黙っているのにうるさい、トラブルメーカー。
今になってそれらの話があちこちから出て来るのも意味深だなぁ。
過去の自分を全て受けとめて、いつかは統合しましょう。

ところで
そんな無鉄砲な私から生まれた一番目の娘は15才。
先日、第一志望の高校に無事受かりました。
いつもコツコツと自分の道を切り拓いているので
えらいなぁって思っています。

おめでとう。

私もがんばるからね。

sakura.jpg

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2007/02/03 (Sat) 最近はこんな日々

れいこが電話で私のことを「サルタヒコみたいだ」と言ったの。
それって一体どんなの?と思っていたら
数日後にテレビで「猿田彦神社」が映っていた。

友人と「いつかお伊勢参りして現地で赤福を食べよう!」と話していたら
翌日、テレビで伊勢の赤福のお店を取材してた。

別の友人と暮れに「上々颱風」の紅龍氏の話をしていたら
こないだ乗った電車で、私の横に立っていた。

30年前頃に母とよく行った商店街がテレビに出ていて
懐かしい!!と思っていたら
その日にちょうど母親が(数十年ぶりに)その商店街を訪れていた。

などなど。

話したり思ったりしたことが形になって現われるのだけど
そのサイクルがとっても早い。
これらはここ一ヶ月位に起きた出来事ですが
「テレビを見ていて」というのが圧倒的に多いよなぁ。

一方、この数週間は、
時空間はバラバラだけれども、ご無沙汰だった友人と再会することが続いている。
大事な人ともう一度出会えるのって本当に嬉しい。
本人にはうまく伝えられないのだけど
この宇宙にいてくれることがほんとうにありがたいの。

そんなことを痛感している日々なのです。

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プロフィール

icapo/森下由香

Author:icapo/森下由香
1962年 名古屋市で生まれる。
1966〜1980年 横浜市
1980〜1982年 長野市
で過ごす。
1984〜1987年 放送作家業。
1990年 漫画家・ラズウェル細木氏と結婚。
育児マンガ「パパのココロ」では母・イカポとして登場。
1998年 離婚(その後、現在の夫と再婚)
1993〜1996年 山手國弘氏主催「現代ヨガの会」参加。
1994〜1996年 山手氏主催「女性と子どもの夢宿」参加。
現在はラズウェル氏のアシスタントを勤めながら、拡大した家族と生活を送る。
珈琲とお昼寝がすき。
練馬区在住

2008年2月〜 スタジオD.Gにて「魔術師のタロット」を学んでいます。

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