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いかぽのしまのしま

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お引っ越ししました





こちらにお引っ越ししました。

ヌイトのしまのしま

どうぞ遊びにきてください。












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真奈美とクリスマス!

生まれて初めてディスコというか、ダンスフロアに行ったのは、高3のクリスマスの時期。


私の高校は横浜特有のごちゃまぜ感というか、堅い子もいれば不良もいる曖昧な個性の女子校だったのだけど、真奈美は後者のほうで見た目はすごい不良だった。
髪は茶色でパーマをかけてるし、ピアスに、制服をだらしなく着る。
おまけに身体が大きくて、学校でもひときわ目立っていた。


真奈美は成績が悪くて「お馬鹿だなあ」と思ってると、ピアノを弾かせると巧かったり、合唱コンの指揮が神懸ってたり、バランスの悪い女の子だった。


そんな真奈美と3年の後半に席が隣になって、最初は口もきかなかったけど、実は気が合うことがお互いにわかってきた。
彼女はすごく遊んでる風に見せてたけど、実はファーストキスもまだなんだってこっそりと教えてくれた。


或る時、真奈美が嬉しそうに声をかけてきた。


「ねえねえ、由香ー、〇〇日にさー、クリスマスパーティーがあるんだけど行かない?」

「え? 行きたいけど、、、私、そういうの初めてだからな」

「大丈夫!!ジェニーもいるし、みんな優しいからさー!!」


ジェニーというのは真奈美の一番の仲良しで、アメリカンスクールの女の子。
真奈美は本牧の公園で遊んでいたので、アメリカンスクールの子とか、基地の子とか、私には想像もつかない世界で暮らしている。

「じゃあ、、、行ってみようかな、、、」


格好はラフでいいよ!と言われたけど、ラフもそうじゃないのもわからないので、素肌の上に直接セーターを着てコーラル色の柔らかいスカーフを巻いていった。
口紅はマリー・クワントのサンドピーチ。
どうにか大人っぽく見せようと頑張った。
だけど、どっからどう見ても私はひどく垢抜けない女の子で、行く前から敗北感でいっぱいだった。


書いてもらった地図で辿り着いた場所は、伊勢佐木町の外れの暗い地域で、会場は地下の殺風景なとこだった。
不安な気持ちで階段を下り、重いドアーを開ける。


真奈美はすぐに私を見つけると「ひゃっほーう!」という感じでおいでおいでした。

ジェニーとか、〇〇君とか、〇〇ちゃんとか。
外国人の名前をたくさん並べられて、それだけでもうくらくら。

部屋の中では大音量で Rod Stewart がかかっていて
たくさんの人がすごくノって踊っていた。

何を飲んだか食べたかもわからず
真奈美に踊ろうと誘われて、一曲だけ、いやいや踊った。
首に巻いたスカーフが揺れて、悪夢のような時間だった。


帰りたい
帰りたい
帰りたい


考えていたのはただそれだけ。


途中で男の子が声をかけてきて、その思いは一層強くなった。


「真奈美、ごめん、帰るわー!」

「えーー、残念!! またね!」


あっけらかんとした真奈美にバイバイして、あとはもう必死で帰った。
帰りの記憶が飛んでいるけれど、電車とバス二回乗り継いで、1時間半はかけて帰っただろうな。


そんな訳で
私は今でも 踊りが 苦手です。






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夢みるひと



ちょっとね、どうでもいいようなことなんだけど、書いておこうと思って。
というか、昨日からずっと頭の中でイメージで繰り返しているものだから、もう出してしまおうと思って。。。

わたしね、振り返って「あぁ、あの頃はラクだったなー」という時代があって。中学生の3年間と高校1年生の前半なのね。
74年から77年。
いまもそうだけど、いろんなものがゴチャゴチャ混じった時代。

当時わたしは非常に夢見るひとで、何故かというと、心配性の母がそれまでの数年間、わたしを家に閉じ込めてしまったの。
外のひとに関わると悪いことに染まるんじゃないか、って。
というのは、越した先のその地域が新しいスラムタウンみたいな所だったのね。
毎日のようにパトカーと消防車が来て、年に何度も凶悪な事件が起こるの。
それで、わたしを置いて一日中働いてる母はすごく不安になってしまって、友達をつくることも禁じたし、学校と塾と食べ物を買いに行く時以外は外に出ない約束をわたしにさせたの。

団地の3階の小さな箱のような家の中で、わたしはもう暇で暇で。。。
特に夏休みね。
当たり前だけど、空想するくらいしかやることがなくなっちゃうの。
こんなことが出来たら、こんな場所に行けたら、こんな恋をしたら、とかね。
みるテレビも、セサミストリートとかルーシーショウとか。
日本の外に行っちゃってるよね。

あまりにもそういう日々が続いたので、思春期に入る頃にはとんでもなく乙女チックな人間になってしまったの。
それと、もうひとつ。
当時「りぼん」という雑誌が流行っていたので、、或る漫画家に影響されてね。
夜中にあったかいものを飲んでお手紙書くとか、マフラー編むとか。
わたし、すっごい不器用なので、一段しか編めなくてやめたんだけどさ。

それから、バレンタインにチョコレートクッキー焼いたり、タオルにスヌーピーの小屋の上で昼寝しているウッドストックの刺繍して片思いのひとにプレゼントしたり、桜草の鉢植えを玄関に届けたり。

それが、ことごとく玉砕して。。。
違うひとから何度か同じようなことを言われるの。
「重い!」って。

重いってなんだろう?ってわからなくて
重くならないようにするには、どうしたらいいんだろう?とずっと悩んで、努力家のわたしは考え抜いて。
出した答えはとにかく「大人の女」になること。
煙草も吸う、お酒も飲む、誰にも心を開かない。
アホだよね。

何十年も経って、いろんなことがあって、あーもう何なんだろう?と思ってた時に
昔懐かしい漫画を買って読んでみたら
わーあ、これ、昔のわたしそのものだ、と。


まあ、そういう感じで。
残りの人生は、元の感じで参ろうかと思っているのです。おじゃる丸。








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魔術師

6/8



不思議な夢を見た。
英国の古いパブのような場所で友人と喋っていたら、一人の葉巻をくわえた初老の紳士が、「なぜお前そんなこと知ってる?お前は魔術師か?」と、意地悪そうに馬鹿にしたように言ってきた。



「私は魔術師ではありませんが、私の先生は魔術師なのですよ」と答えると、男は血相を変えて、何かを見せつけながら私を壁に追い詰めて罵り始めた。
「どれほどの位か」というようなことだった。 



私は怖さと怒りで、「あなたはまだわからないのですか?他人に投げかけることは全て自分にかえってきます。あなたが私に怒りをぶつけても私はひとつも傷つきませんが、あなたはその分傷つくのですよ!」と叫んだ。



彼は財閥の人間だったが、何処かの結社に所属しているようだった。
私に怒鳴りつけられると、彼はいつの間にかいなくなった。












 

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さよなら、サイレント・ネイビー  地下鉄に乗った同級生


さよなら、サイレント・ネイビー ――地下鉄に乗った同級生さよなら、サイレント・ネイビー ――地下鉄に乗った同級生
(2006/11/16)
伊東 乾

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「天の雫」という、私が心の中で時々使う言葉がある。


天の雫は、恩恵だ。


或る時、或る場所、或る人達に、突然落ちる。


それはあらかじめ計画されたものなのか、それとも単に神の気まぐれなのか、私には到底わかるはずも無い。


けれども、そんな私でもハッキリとわかるのは、


雫を浴びた人たちは、時代の大きなうねりの中で、なんらかの重い役目を負ってしまうということだ。


例えばそれは芸術であったり、政治的な活動であったり、様々な方面で現れるが


共通しているのは、役目を負った人たちが遺す「何か」は


光を通すプリズムのように、それまでとは全く違う未来へと、時代を導く。




この本からも、大きな、「天の雫」を感じた。




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『さよなら、サイレントネイビー  地下鉄に乗った同級生』



著者 伊東乾氏は 大学時代の同級生である「豊田君」が、地下鉄サリン事件の実行犯、豊田亨被告であると知る。
その後、豊田被告との接見を続けながら、オウム事件の真相を追い、次第に事件の背景を明らかにしてゆくノンフィクション。
第4回開高健ノンフィクション賞受賞作。



著者が知っていた学生時代の「豊田君」と、起こした事件(地下鉄サリン事件)とのギャップ。


著者の亡きお父上がかつて語っていた戦争体験から、繋がり、明らかにされていく、日本という国の病んだ構図。


多くの事柄が必然的に連なって「オウム事件」というひとつの巨大な織物を編んだのだと感じた。


恐ろしい、信じられない、で、あなたは片付けてしまうの?と、たくさんの声なき問いが本のなかから響いてくる。


「サイレント・ネイビー」という言葉の重さを知る為にも、


一人でも多くの方に、読んでいただきたいと思う。











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